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やぎさんち

ブログとか長続きしません、でもたまに言いたいこと書いてみます

アイヌ差別騒動の問題点

最近はてなを賑わしてるアイヌ差別問題について、なんとなく問題点が整理出来る気がしてきたので書いてみます。

 

私のスタンスとしては以下の増田で書いちゃったんですが、もともとの文言に非があるのは確か。しかしそれを急に差別だと糾弾するのは反対で、アイヌ民族を上とも下とも見ていない相手、つまり知識も関係性も差別意識もない相手には、レクチャーの仕方を選んだ方が理解を得られると言う立場です。

anond.hatelabo.jp

 

てことで今回の問題点。

全ての反差別の方々がみんなそうだとは思ってませんが、その一部の方々の認識、マイノリティとは被差別者であり、マジョリティは差別者である。

と言う認識が今回の騒動の根底にあるんじゃないかと感じました。

この前提で全てを語ろうとされるから、アイヌを知らないだけでもマジョリティの責任を果たしていないとして差別者呼ばわりされますし、非常識人、幼稚な人間と烙印を押されます。

けど、やっぱり私はこれは無茶苦茶な理論だと思います。

 

「マイノリティは被差別者であり、マジョリティは差別者である。」

と言うのは正しいことは正しいんですよ。

ただし、私はその範囲に限度があると思います。

何故差別が起こるかと言うと、国でも市でも村でも、なんなら学校のクラスとかわかりやすいんですが、そのコミュニティの中で出来たグループで金銭、人間関係、絶対数、成績などと言った力量差から上下関係が生まれてしまい、それを元にカーストが組まれ、やがてその位にいることが理由となり虐げられると言うプロセスですよね。

つまり、特定のコミュニティ内で関係性があることから差別は起こるんだと思います。

関係性のない人間、そのことを知らない人間も差別を無視しているとして差別者だと今回言われました。

しかしそれはやはり暴論ではないでしょうか。

同じコミュニティ内で無関係を装うのが加担側にあり罪になることはわかります。

これはつまりそのコミュニティ内のマジョリティだからです。

今回大きく騒動となったのは、そのコミュニティ外まで際限なくマジョリティとしてしまっていることがこじれた原因だと思います。

そんなことをしてしまうとどうなるかと言うと、人類皆差別者になるしかないんです。

今回アイヌが焦点ですが、差別はとても細かく、それこそ差別すら差別的なまでに大小様々に日本各地どころか世界各地にあるものだと思います。

それを一つ一つ知らないことが罪と言われてしまってはひとたまりもありません。

もちろん今回反差別側である人も、皆差別側の人間となるでしょう。

そんな大きな話をしていないと言われるかもしれませんが、関係性がない人間まで責めてる時点でそういうことを言われてるんですよ。

で、私と同じスタンスの人は、コミュニティ外の人にはそのコミュニティがどうなっているのか、ちゃんと説明した方が理解が得られるんじゃないかと言っているんです。

同じコミュニティ内のマジョリティに対して多少攻撃的になってしまうのはわかります。

しかし、コミュニティ外はマイノリティもマジョリティも、その認識すらありません。

それを一方的にお前はマジョリティ(差別者)だと言う認識で小突いても、相手は混乱して怒るか恐怖するかしかないでしょう。

私はやはり何も知らない人へは何も知らないなりの対処を選ぶべきだと思います。