やぎさんち

ブログとか長続きしません、でもたまに言いたいこと書いてみます

2018/07/06 岡山市北区某市街地

その日は20時まで仕事で、帰りに同じく20時頃まで働いている母と弟を車で迎えて帰る日だった。

昼過ぎくらいからか、何回か大雨、洪水警報やら特別警報やら携帯から鳴り響いた。

自分達とは関係ない地域ばかりで、それはそれとして、仕事はいつも通り進んだ。

自分の家は北区と付くくらいには少し北のほうで、ちょっとした山の麓の方でもある。

生まれてこの方浸水被害などあった事はない。その時はまさに夢とも思わない感じでいた。

 

朝から降り続いた雨は、20時にはまるで台風と見分けがつかないくらいの猛威を振るっていた。

いつもの待ち合わせ場所で2人を迎え、3人で外食をして家へ帰る。

その間もまだ、ただ台風のような激しい風と雨が続いていただけだった。

この時は暗くて、川の水位までは気付けていなかったのだと思う。

22時ごろ着。

 

翌日は朝早めの仕事だったので、早く寝ようとしていた。

色々と支度しての23時過ぎ、外から玄関へちょろちょろと水が侵入して来ているのに気付いた。

思わず家族に伝えて、二階へ登り、外の様子を見た。

生まれて初めて見知った道が川になり、街が沈んでいた。

とりあえず写メ。

 

玄関へ戻るとちょろちょろと侵入していた水はあっという間に数センチ張っていた。

少し外の様子を見に行ったらしい母は、どこの川も溢れていて、もう水を逃がす場所がないと言った。

それを聞いて車が道を走れるうちにと、近場の他の少し高い土地へ移動させた。

正直違法駐車だけど、この水が収まるまでと空いてる場所を少しお借りした。

この時に自分も川になった道を渡った。その時の深さは脛くらいまで。15センチくらい。

たった二車線の道路でも、幅が広いからか川になると流れを強く感じた。

浅いのに足を持っていかれる。もう少し高かったら流されるかもと危機感を覚えた。

見知った道も段差や水路が全く見えず、足を踏み外さないよう慎重に歩かざるを得なかった。

この時くらいに大きな地鳴りを聞いた。空は光っていなかったけど遠くで雷でも落ちたのかと思った。

後にそれが総社市のアルミ工場の爆発だったのだと気付く。

 

家に戻ってから次に自分にできる事はと、水害初心者らしくとりあえずネットで土嚢を検索。

自治体で配布、、、とか知らない。て言うかもう浸水して来てるし確実に間に合わない。

他の対策はと、ダンボールに水嚢というのを見つけ、Amazonの箱と45ℓのゴミ箱用ポリ袋で10センチほど沈んだ玄関や裏口などを適当に塞いだ。

本当に付け焼き刃だったし、既に浸水した玄関に対して多分そんなに意味はないだろうと思いながらも。

そして一階の貴重品や布団をとりあえず二階へ上げ、家族全員二階で就寝へ。

そうこうしてると3時になっていた。

 

正直身体はとても疲れているはずなのに、なかなか眠れなかった。

止まない雨を前にして、より最悪の事態が起ころうとしていたからだ。

その日、岡山の川はどこもいつ氾濫してもおかしくないくらいキャパを超えていた。

一部では氾濫し、全国区で報道された。

自分が最も関係していたのは旭川。岡山の街のど真ん中を通る大きな川で、氾濫したら本当に岡山中心部が全て麻痺する岡山の動脈だ。

その日、仕事の関係で17時ごろに川沿いを車で走ったりもしたけど、その時は河川敷が沈み、河川敷の看板が頭だけ半分出ている状態だったが、それはまだ4mくらいの水位だったと思う。

その数時間前の姿と、ライブカメラで見た決壊寸前を見せつけられてるようなその夜の姿は違い過ぎてた。

ちょっと気が気じゃなくて、氾濫したら流石にすぐ山の方へ逃げないとかなと思ったりして眠れなかった。

 

結果として、その氾濫はなかった。

最高値は氾濫危険水位の8.4mを遥かに超える9.4mくらいまで上昇してた、て言うかがっつり氾濫じゃなかったのかもしれないけど、ぶっちゃけもう溢れてたと言う画像は多々見つかる。

市街地じゃないところでは200mほど氾濫していた画像や記事も見つかる。

あの日ちょっとした浸水で助かったのは、本当に運でしかないんだと思う。

我が家は朝起きて恐る恐る一階を見ると床下浸水で済んだようだった。

 

あれからもう5日ほど経っての今だけど、ふつふつと色んなことが思い浮かぶ。

うちも含め、市街地寄りの北区や、市街地でも川周りの街、さらにはもっと色んな地区、場所が点々と広範囲に結構浸水被害にあってる。一階全て水に埋れたところも、土砂崩れもある。

しかしそれが報道された事はなかった。報道されたのは大きく氾濫した倉敷市真備町や、総社市の爆発事故くらいだ。

他の場所や県での災害もきっとそうなんだろうなと思った。

カメラでピックアップされる場所は確かにひどい惨状だけど、見えない被害もまた多いんだろうと。

 

あとはこの災害に対してのフォロー。

うちの地域は浸水しても特にサイレンなど周知するものはなかった。

誰かが呼びかけたりレスキューに来るなんてこともなかった。

まあ結果的にそこまで大きな被害もなかったのだけれど。

みんな各々異常に気付いて、気付いた時には時すでに遅しみたいな状況だったと思う。

特別警報は出ていたけれど、具体的な事がわからない。

一度も浸水したことがないこの町に土嚢なんてあったんだろうか。

あと岡山人として、見事に災害に対する危機感がない。

浸水被害に遭うとは夢にも思わなかった自分がそれだ。

翌日見た街中はそれほど浸水してなかった。多くの岡山市街人があれはただの雨だったとして見ているんじゃないだろうか。

岡山イオンモールは普通に営業したらしいし、ぶっちゃけ自分も普通に仕事に呼ばれたし。

浸水被害なんて夢にも思わないあの日の自分みたいな岡山市街人は今日も多そうだ。

あの夜旭川が決壊寸前だったなんてまるで知らない人が多そうだ。

そうならなかったことが運に過ぎないことを知ってる今、その意識の差がなんだか恐ろしく思うし、いざそうなった時、岡山は甚大な被害が出るんだろうなと思う。

今後なかなかない雨だとは思いつつも、いざという時には防災のサイレンを響かせてくれてもいいのかなと思いました。

 

おまけ

7/7の北区や旭川の様子がよくわかるまとめ

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